エンターテイメントな出来事を叫ぶ滅茶苦茶男のブログ

滅茶苦茶男が、思いのままにエンターテイメント関連の出来事を叫ぶためのブログです。

週刊文春「元少年A」33歳の今を掲載した2月25日号を買いました。

time 2016/02/20

週刊文春「元少年A」33歳の今を掲載した2月25日号を買いました。

 

今年に入りスクープ連発のセンテンススプリングこと「週刊文春

 

2月25日号では、「1997年 神戸連続児童殺傷事件」を起こした元少年Aを大々的に特集ということで、ネットを中心に騒然となりました。

 

 

元少年Aと言えば、昨年、手記「絶歌」により大きな論争を巻き起こしたことも記憶に新しいところ。

 

事件遺族への配慮などそこにはなく、あくまで自己のために執筆し、某出版社が受けいれる形で発売されました。

 

 

さらには自身のホームページまで開設と、遺族感情を逆なでする事となります。

 

そういえば、当時は手記を持ち込んだ人物が本当に「元少年A」なのか否かも取りざたされましたので、今回の週刊文春をその出版社の関係者が見たらどのような反応を見せるのかもきになるところです。

 

 

そんな、週刊文春2月25日号。

 

発売から数日経ちましたが、本屋でみかけましたので買いました。

 

sponsored link

週刊文春が伝える33歳となった元少年Aの今について感じたこと

 

週刊文春の元少年Aの特集記事に一通り目を通しましたので、感じたことをそのままお伝えしようと思います。

 

 

全12ページに渡り特集が組まれた、神戸連続児童殺傷事件の元少年Aの今。

 

 

いきなり1ページを使い、モノクロで目線入りながらも、全身が大きく映し出された33歳の元少年A。

 

 

なんとも言い難い気持ちです。

 

 

やせ形のどこにでもいるような若者風であり、当たり前のことですが、あの事件と結びつけられるはずもありません・・・。

 

 

 

そこに掲載されている写真は、今年の1月に撮影されたものらしく、文春の記者の方は追跡取材で、元少年Aが乗り込んだバス、そして電車にも同乗。

 

 

電車では、元少年Aの隣に小学生くらいの男の子が座っていますが、元少年Aは微動だににしなかったそうです。

 

 

今回の掲載にあたり、元少年Aを250日に渡って追い続けてきたという週刊文春。

 

その所在を掴んだのは、昨年2015年の9月末だそうです。

 

 

昨年、様々なメディアで元少年Aが引越しを繰り返しているという報道がありましたが、週刊文春からもそのことは見て取れます。

 

 

元少年Aが文春の直撃取材に激高した事については、すでに多くのメディアでも報じられていますが、文春の記事をみていて一番感じるのは、彼は常に「神戸の事件の少年A」であることが回りにバレることを警戒しているということ。

 

 

正直なところ、そこについて同情する気持ちにはなれませんでした。

 

 

それもこれも、やはり昨年の手記「絶歌」とホームページ開設のよるところが大きいと言えます。

 

 

今回の週刊文春の元少年Aの特集では、当時の事件被害者で一命を取り留めた女性(事件当時9歳)の心情も掲載されています。

 

 

当然のことながら、当時の被害者や被害者遺族は、今後も一生あの事件を背負っていきていかなければなりません。

 

 

33歳にもなって「元少年A」などと名乗っている彼が、過去の自分を回りに知られる警戒心・恐怖をいくらチラつかせても同情する気持ちにはなれません・・・。

 

 

 

そもそも、手記もHPも彼が更正した証とは真逆の存在です。

 

 

結局、昨年から今回の週刊文春の特集までを踏まえると、33歳となった元少年Aは、更正したのではなく大人になったことで逃げ隠れができない立ち位置にいるという社会的現実が、犯罪に走らないよう自らに歯止めをかける事に繋がっているだけなのではないか?

 

 

結局は「更正とはほど遠い」そんな風に思ったりしました。

 

今回の週刊文春で元少年Aは目線入りの写真を掲載されましたが、目が隠されてるとは言え、その風貌からは周囲の人に「もしかして・・・」と思わせるには充分なイメージとなるのかもしれません。

 

 

でも、これからも続くであろう元少年Aの苦悩(葛藤?)は、1997年に自らが引き起こした残忍な事件の代償であることは事実です。

 

 

遺族感情を逆なでした彼の代償は、さらに大きなものになっていくことでしょう。

 

人を傷つけるというのはそういうことですよね・・・。

 

 

そう考えると、誰しもが大小はあっても、何かしら他人を傷つけているものなのだとは思います。

 

一緒にはできないけど、超えてはならないラインが自分の中にあるのかないのかでは全く違うとも言い切れないのかもしれませんね。

 

sponsored link



sponsored link