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復活してほしいバンドの2トップの再結成はやっぱり無理?

time 2015/07/29

復活してほしいバンドの2トップの再結成はやっぱり無理?
 
 
2015年の夏に、レベッカが20年ぶりの再結成ライブを行うことが決定し、8月12日と13日の横浜アリーナでのライブチケットは完売しました。
 
その結果を受けて、11月29日には、さいたまスーパーアリーナでの追加公演も決定しています。
 
 
レベッカは、7月28日(火)に東京の豊洲PITで再結成公演のプレライブとなる、「REBECCA Preview Live」を行い、僅か6曲の演奏ながら、3000人の観客に迎えられました。
 
 
バンドブームの頃の活躍したバンドがいくつか復活しているなか、紅一点のボーカル、NOKKOが以前と変らぬ姿を歌声を披露し、横浜アリーナでの2DAYSにも大きな期待が高まっています。
 
 
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今年は、デーモン小暮閣下率いる「聖飢魔Ⅱ」が地球デビュー?30周年を記念し、期間限定での復活が、レベッカと同じく、夏から予定されています。
 
 
そんな中、最も復活が期待されながら、実現が困難なバンド2組があります。
 
 
オリコンの「復活してほしいバンドランキング」で、毎年のように上位に来ながら、その可能性が低いとされるのが、2014年の統計で、1位を獲得した「JUDY AND MARY」と2位の「BOOWY」です。
 
 
 

JUDY AND MARYがついに今年復活?

 
2013年と2014年の統計では、復活してほしいバンドの1位を獲得しているJUDY AND MARY
 
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特に女性票を多く獲得しているバンドです。
 
 
復活してほしいバンドの上位では、プリンセス・プリンセス、ユニコーン、LUNA SEAなどがすでに復活を果たしました。
 
※プリプリは2012年に1年限定復活
 
 
そんな中、JUDY AND MARYBOOWYは復活の気配すらないという状況でしたが、ここにきて、JUDY AND MARYのギターを努めていた、TAKUYAが、関係者の証言によるとバンドの復活を口にしていたそうです。
 
 
時期は、2015年の秋から冬と報道されています。
 
 
ボーカルのYUKIも子育てが一段落し、気持ちにもゆとりができ、解散理由とされる、メンバー間の不仲についても、当時のわだかまりはもうないということらしいのです。
 
しかし、YUKIさんの所属事務所は、JUDY AND MARYの復活報道について、「寝耳に水」との反応を示しており、噂だけで終わると見られています。
 
 
そもそも、昨年2014年には、今回バンド復活を口にしたとされる、TAKUYAさんが、再結成の可能性について、「ないだろうね。メンバーが皆優秀で食えてるから、やる理由がないよね」と否定しています。
 
 
受け取りようによっては、かつての人気バンドが復活するのは、食えなくなったからやむをえずと言っているようなものです・・・苦笑
 
 
というような状況のため、現時点では、JUDY AND MARYの再結成は望み薄というのが現実ではないでしょうか・・・。
 
 

BOOWYの再結成も実現不可?

 
個人的には、JUDY AND MARYよりも気になるのは、やはり伝説のバンド「BOOWY」です。
 
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僅か6年間の活動(1981年から1987年)で、一気に日本の音楽シーンのトップに上り詰めた直後に解散。
 
 
驚くべき展開に、BOOWYは伝説と化したといってよいでしょう。
 
ロックというジャンルを一気にメジャーに押し上げたのがBOOWYと言えます。
 
 
その後のバンドブームが、そのすべてを物語っています。
 
 
バンド解散以降、再結成を望むファンが多数いるなか、「あの時解散したからカッコよかった!復活するなんてBOOWYじゃない!」という意見も多く聞かれるのが、このバンドの特徴です。
 
 
誰にも出来ないことをやったからこそ伝説になったバンドたる所以かもしれませんね。
 
 

BOOWYは解散するのが夢だった

 
BOOWYを解散後に、ボーカルの氷室京介さんは、雑誌のインタビュー等で、「BOOWYは解散するのが夢だった」と語っています。
 
そんな中、メンバーやスタッフとの話の中で、「どうせ辞めるなら一番になってから辞めよう」というやり取りがあり、そこから、自分たちの満足いく音楽制作から、売るための音楽制作や戦略を立て、BOOWYを一躍世に知らしめることとなる、「B・BLUE」を1986年に発売します。
 
 
アルバム「BEAT EMOTION」もヒットし、翌1987年には、「MARIONETTE」がシングルとして初の首位を獲得。
 
アルバム「PSYCHOPATH」も、当時日本でも人気絶頂のマイケルジャクソンを押さえて首位を獲得しました。
 
 
この結果を受け、BOOWYは同年のツアーをもって、12月24日に解散しました。
 
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あまりに突然過ぎる解散ということもあり、翌1988年の4月に、氷室京介さんが「ちょっと早いけど同窓会みたいなもの」として、東京ドームで2DAYSライブを開催しています。
 
 
後に、このライブについては、解散後にメンバーが当面生活に困らないために、1億のギャラを用意するために、5人目のBOOWYと称され、メンバーが最も信頼を寄せていた土屋マネージャーが企画したものだと言われています。
 
 

BOOWY再結成は永遠に実現しない?

 
東京ドーム公演は別として、1987年の解散から、28年近く経とうとしていますが、未だ再結成の可能性すら見えないBOOWY
 
解散するのが夢としながらも、タイミング的には、ギターの布袋寅泰さんが、ソロ活動をしたいという思いが強くなったことから、解散をあのタイミングで提案したとされています。
 
 
それに対して、嫌だといってすがるようなメンバー達ではなく(汗)解散となった訳ですが。
 
 
しかし、解散後に布袋寅泰さんが、吉川晃司さんとユニットを組んだことに対し、「BOOWYを解散してまであんなことがやりたかったのか?」と氷室京介さんがコメントしたのは有名な話。
 
布袋寅泰というギタリストの素晴らしさを間近で見ていた氷室京介さんだからこその発言だったと思われます。
 
 
解散後は、公の場で共演することもなく、解散直後のソロ活動時は、氷室京介さんも、ドラムの高橋まことさんや、ベースの松井常松さんとライブで共演する機会はあったものの、ソロ後期ではそれもなくなりました。
 
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氷室京介と布袋寅泰が、それぞれソロでBOOWYの楽曲を披露することはあっても、共演することはなく、布袋寅泰さんはその状況に寂しいきもすると露呈したこともありました。
 
 
解散前後から、「氷室と布袋の不仲説」は絶えず出ていましたが、2人の中が良いか悪いかについては、良いときもあれば悪い時もある、ただそれだけのことだと思います。
 
 
BOOWYが再結成できないのは、一番は、氷室京介さんが、ああいう形でバンドの幕を降ろしたことがあるのだと思います。
 
誰にも真似出来ない形での解散。
 
 
これからもこんなバンドは二度と出てこないでしょう。
 
 
だからこそ、BOOWY再結成というのは、氷室京介にとって、「カッコ悪い」となるのではないでしょうか?
 
 
そうこうしているうちに、氷室京介さんが耳の不調から、ボーカリストとして引退することを決めました。
 
逆にそのことにより、最後にBOOWYのメンバーが揃うことを期待する声もありましたが、それをしないの氷室京介なんだと思います・・・。

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